こんにちは。
富大みらい塾の宮内です! 突然ですが、下の短い文章を読んでみてください
「男は窓から部屋の中をのぞき込んだ。部屋の中では、女が派手なドレスを着て、鏡の前で踊っていた。男はため息をついて、ポケットの中で硬貨を握りしめた。」
さて、読み終わりましたね。 「読めない漢字」はありましたか? おそらくなかったと思います。 意味はわかりましたか? 「男が覗いていて、女が踊っていて、硬貨を握ったんでしょ?」と、状況はイメージできたと思います。
では、質問です。 「この男は、なぜため息をついたのですか?」 「この男と女の関係は?」 「男は次に何をしようとしていますか?」
……いかがでしょうか。
「え? そんなこと書いてないじゃないか」と思いませんでしたか?
実は、「勉強しても成績が伸びない子」の頭の中で起きていることが、まさにこれなのです。
文字は読める。
表面的な意味もわかる。
でも、「書いてあることの奥にある情報」が、まったく見えていない。
これを私たちは「わかったつもり」の状態と呼んでいます。 実際に塾生に分からないところなかった?と聞いても「無いです!」と答える塾生の多いこと多いこと、でも同じ内容について違った角度から質問すると分からない、説明できる?と聞いても、うーん、分からない。 いや、その状態をまさに“分かってない”っていうんだよと毎日内心ツッコミを入れる日々の繰り返しです笑 そして、そうしたお子さんの多くは、平均点が取れなくて困っている場合が多いのです。 上記は読解力の一部の例で、読解力を定義する要素は他にもさまざまありますが、今日は、塾に通っていても通っていなくても多くのお子さんが陥っている「勉強の落とし穴」と、それを解決する唯一の方法について、少し深くお話しします。
「読める」と「わかる」は、天と地ほど違う
先ほどの文章に戻りましょう。 もし、この文章を読む前に、こんな「背景知識」があったらどうでしょう?
- ケースA: この男は泥棒で、空き巣に入ろうとしている。
- ケースB: この男は貧しい夫で、妻の誕生日にプレゼントを買おうとしたが、お金が足りなかった。
ケースA(泥棒)の場合: 「ため息」は「人がいて入れない失望」になり、「硬貨」は「凶器にするか、今の全財産か」という意味を帯びてきます。
ケースB(夫)の場合: 「ため息」は「不甲斐なさ」になり、「硬貨」は「足りないお金への悔しさ」に見えてきます。
同じ「ため息」という言葉でも、読み手が持っている「知識」や「文脈」によって、全く違う意味に見えるのです。
これが「読解力」の正体です。 読解力とは、ただ文字を目で追うことではありません。 「自分の持っている知識を総動員して、書かれていない部分までを補完し、深く理解する力」のことです。
しかし、今の多くの中高生は、この「補完する力」が育っていないまま、教科書という「文字の羅列」だけを目で追っています。だから、「教科書を読んだ(文字は追った)」けれど、「内容は何もわかっていない(頭に入っていない)」という現象が起きるのです。
なぜ「勉強しているのに」成績が上がらないのか?
「うちの子、机には向かっているんです」 「塾にも行っているし、宿題もやっています」 「でも、テストの点数が上がらないんです……」「本人に聞いたら勉強で困っていることはないとの一点張りで」「何度復習しても、いつも分からなくなっていて間違えます」「勉強のやり方が悪いのか、理解ができないみたいで」
私たちのもとには、こうした切実な相談が多く寄せられます。 親御さんからすれば、「やる気がないんじゃないか」「努力が足りないんじゃないか」と叱りたくなる気持ち、痛いほどわかります。
でも、はっきり言わせてください。 お子さんは、サボっているわけではありません。 「脳のOS」が、古いまま戦っているだけなのです。
勉強を「家」に例えてみましょう。 英単語や数学の公式、歴史の年号といった「知識」は、「家具」のようなものです。 一生懸命勉強するというのは、部屋にどんどん新しい家具を運び込む作業です。
しかし、もしその部屋の「床(=読解力)」が抜けていたらどうなるでしょうか?
どんなに立派な家具(知識)を運び込んでも、床が支えきれずに全部下に落ちてしまいます。 テストの時、「あれ? 勉強したはずなのに出てこない」「応用問題になると手が止まる」というのは、知識が定着するための「土台(読解力)」がないため、情報が頭から滑り落ちてしまっている状態なのです。
実際に、塾生に後日この間理解したことを聞くと、80%くらいの確率で忘れており、説明ができなくなっています。 ただ単に復習をしてこなかったという問題で済ませるのではなく、なぜ100%の理解ができないのか、定着率が悪いのか、これを「努力不足」という言葉で片付けてしまうのは、思考が停止している状態と言えるでしょう。 原因を遡って考えた時、そもそも、この作業には“物事を頭で体系的に理解し処理してしまっておく、読解力(国語力、論理力)”が必要だからこそ、うまく自分の中に落とし込めなていないということが多いです。学生にも理解や得意不得意といった個性があるので一概にはいえませんが、大抵の場合、学力の高い子はこの読解力が高いので読解力がない子に比べて労力をかけずに勉強を理解して応用できるという状態にあります。(これが俗にいう、1聞いたら10理解できるという正体ですね!)
「わかったつもり」が引き起こす、高校生以降の問題
この「読解力不足」の恐ろしいところは、「定期テスト、中学生の勉強までは、最悪暗記という力技でなんとかなってしまう」点にあります。
範囲の決まった定期テストなら、意味がわかっていなくても、教科書を丸暗記すれば点数は取れます。 ここで、本人も親御さんも「勉強=暗記すること」だと誤解してしまうのです。その習慣が続くとどうなるでしょう? 高校生になり、大学受験が近づくと、この方法は通用しなくなります。 扱う情報量が膨大になり、内容はより抽象的になり、読解力が必要となり、「丸暗記」では太刀打ちできなくなるからです。
- 現代文の評論が読めない。
- 英語の長文の内容が入ってこない。
- 計算はできるのに数学の問題文の意味が理解できない(簡単な図を書けない、何をさせたいのか何を使って欲しいのか気付けない)。
ここで初めて、「あれ? おかしいな」と気づきます。 しかし、その時にはもう、どこから手をつけていいかわからない状態になっています。
「基礎からやり直そう」と簡単な問題集に戻っても、効果は薄いでしょう。 なぜなら、問題が難しいのではなく、「情報を処理する脳の仕組み(OS)」自体のアップデートが追いついていないからです。 この状態から学校の進路に追いつこうとすると、今の単元を学校で進めながら、過去の分からない単元を復習しながら、でも復習しても理解する土台である読解力がないので100%の理解にならず、必要な勉強にかけないといけない時間が膨大に、諦める、勉強が嫌になる、の負の循環に取り込まれます。
必要なのは「根性」ではなく「戦略」!
では、どうすればいいのでしょうか? 「本をたくさん読ませればいいのでしょうか?」とよく聞かれますが、ただ漫然と文字を追わせるだけでは、先ほどの「わかったつもり」を繰り返すだけです。逆に、本を読まされることが苦痛になって、勉強自体がより嫌いになることも多いでしょう、本人が文章を読むのが苦手で、読解力不足の課題点を理解していない場合は特にです(中学生はおそらく、指摘したとしても自分で読解力が課題であることに自分で理解できない場合が多いです)
必要なのは、「読み方のフォーム」を矯正することです。
スポーツと同じです。自己流の変なフォームで、どうやって振ればいいのかなと1000回素振り練習をするよりも、プロに正しいフォームを教わって10回振る方が、上達は早いのです。
富大みらい塾では、この「読解力の矯正」に徹底的にこだわります。
- 「この文章、頭の中ではどんな映像になってる?」と問いかけ、イメージ化させる。
- 「つまり、一言で言うとどういうこと?」と、要約(抽象化)や理解を説明させる。
- 「なぜ文章のここでこの言葉を使ったと思う?」と、行間(推論)を読ませる。
こうした主要教科授業中での学習な中で読解力向上のために上記のようなアプローチをかけ、お子さんの脳内にある「日本語の処理能力」そのものをアップデートする工夫をしています。 読解力は即効性のある(すぐに成績が上がる)能力ではないので、ちょっとずつですが、長い目で見たときに効果があるもの、勉強を自分でできるように魚を渡すのではなく、釣りのやり方を教えています。(この世の全てのものも、共通していますよね? 本当に価値のある本質的なものは、1週間や1ヶ月頑張っただけでは身につきません、自分で課題を持って、紆余曲折ありながら少しずつ1年、3年経ってようやく形になるものです。こちらは砂の城のようにすぐに崩れるものではなく、自分の中の確固とした、核となるものです。)
そうすると、国語だけでなく、英語も、社会も、理科も、教科に限らず言語を介して学ぶ必要のあるもの、全てが理解できるようになってきます。 当然です。すべての教科書は「日本語」で書かれているのですから!
おわりに:お子さんの「勝ちパターン」を一緒に作りませんか?
今、お子さんが勉強で苦しんでいるとしたら、その多くは「能力」の問題ではありません。 ただ、「正しい読み方」や「読解力」が不足しているだけ。 そして、そのことに気づかぬまま、「もっと頑張れ」と言われ続けて、自信を失っているだけかもしれません。
読解力は勉強に限らず、自身で学ぶための大切な能力でありながら、矯正するには一人一人の状況を把握して個別に対応しなくてはならず効率が悪いのため、量でカバーして詰め込んで覚えさせてテストで良い点を取らせるという方法を取る塾が多いのです。 集団授業では言わずもがな、勉強の土台となるこの読解力に焦点を当てる余裕はありません。 多塾から移動してきた塾生に話を聞く限り、個別指導を売りにする塾も、個人の状況をカリキュラムに組み込む時点で個人指導にはなっておらず、蓋を開けてみると自分のレベルに合っている問題を解けていないお子さんも多いようです。
「努力が足りない、勉強しないから」と、勉強させたりとりあえず塾に行かせたりする前に、一度富大みらい塾にお子様の勉強の状態を見せていただけませんか?
今のお子さんの「読解力の現在地」を知るため、偏差値という数字だけでは見えない、「どこでつまづいているのか」「何が原因で伸び悩んでいるのか」をその本質までしっかり分析します。
勉強はわかるようになれば、世界が広がる、本来はとてもワクワクする「冒険」です。これからの社会では、さまざまな情報で溢れかえる中、自分の力で表面の情報や空気感に流されるのではなく、本質を掴む、つまり読解力がより一層大事になってくると確信しています。そんな社会で生き抜いていくためには、従来の勉強のやり方とは異なるアプローチと、その勉強をするための土台作りが大事になります。“土台作り=読解力“を上げることで、お子さんが「わかったつもり」のモヤモヤ状態から抜け出し、「本当にわかった!」という自信をつけた先の未来に出会えるよう、私たちが全力でサポートします。
まずは、お気軽にご相談くださいね!
富大みらい塾


